冬の準備

北海道は冬の準備が万端の紅葉散り際。

私が子供の頃から、11月の第一週から二週までの間に一度雪が降るんですよね。札幌近辺では。

その後は一旦溶けて、再び12月のどこかで降った雪が、そのまま積もってゆく流れ。

話は変わりますが、昨今物騒な事件が増えていますが、結構な割合で、過去の学生時代の友人とか、マスコミはインタビューをするんですよね。

それで、よくある典型の「学生時代はクラスでも目立つ方ではなく・・・」という言葉。

割合はわかりませんが、そりゃそうなんですよ。身近な社会は学校なので、そこで目立ったり楽しんだりしていたら、それは社会での適応力は高いわけですからね。

仮に、そういう社会的適応ができる人達が、将来犯罪を侵したとしても、怨恨か金銭に集中するのみ。ちなみに家庭という最小単位では、同類種の社会なので家族は問題には気付きません。

一般的価値観で理解できない犯行を侵す人というのは、既に社会から弾かれていることを根に持っている人物像が一番多い。もちろん、周囲の人々は、そんな気は毛頭ないんです。むしろ他よりも気を遣ってあげていたと思っている。

前にも書きましたが、狂信的な陰謀論者など、少数的価値観に自分が酔倒してしまう人は、圧倒的少数派に自分が晒され、そしてその多数派から徹底的に攻撃を受け「根にもった人」です(心に傷を付けられた人)。

これって、大袈裟なシーンではなくても簡単に出来上がるんですよ?

例えば8人くらいでランチを食べていた中での会話で、自分と皆の意見が違うかも・・・と思う話題に思い切って問題提起をしたら、他の7人が「間違え(本来はどちらが正解かなんてないのですが)」を徹底的に批判し、失笑し、これが正しいと数の原理でその場の意見を押し付けたとします。

一生懸命正義感ぶって説得をしているつもりでしょうが、しょうがない、渋々7人の意見について分かったふりをします。

しかし、心の中では分かっていない。

そうすると、この話題に上がった分野はもちろんのこと、社会的一般の価値観とは、かけ離れた方を好むようになるのです。

過去の傷を受けた方向(一般的価値観)は危険であるという生命本能の働き。

ですから、ネット社会の論争って、基本的に対立文脈になりますから、陰謀論狂信者を大量生産する工場になっているとも言えるのです。

これは、教養の高い方々でも同じく起こります。

例えば、大学受験でいつも一緒にいる仲間が全員、日本の最高峰の大学を受験したとします。そして自分以外は全員が合格しました。これだけでも十分陰謀論の狂信者を作り上げることが可能です。

オウム真理教には、何故優秀な学力、実力を持った方々が集まっていたのか?という理由、分かりますよね。

人間の精神なんていうのは簡単に壊せるものです。

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