自分のトラウマってなんなのかと問われて答えられる方っていますか?

そうそういないと思います。

明らかに命の危険に瀕した方は別として、OS設定を切り替えしてしまう内容は、忘れてしまっているものなのです。

無自覚だからこそ厄介。

そもそも気付けていたら、自分で簡単に解決できるわけですから。

通常の我々の記憶は、脳の海馬というところで処理をされます。ここで様々な感情や出来事を一つのフォルダとしてファイリングします。

しかし、海馬は長期的に記憶する能力はありません。その後、長期的に保存しておくべきファイルは、大脳新皮質という所に運ばれて保存される仕組みです。

トラウマと呼ばれるものは、これらの通常のファイリングが出来ない、いわばデーターオーバーなファイル。厄介なことに、まるでガラス玉を割った様に、断片化して居残ってしまうのです。

紛れもなく自分が体験した危機的状況なのに、長期の記憶では鮮明に思い出すことができない。いや、正確には部分的には覚えているのに、何かが不足している状態で思い出す。事実とは違う感情やストーリーを抱き合わせて語ることになるわけです。

厄介なのは割れて散ってしまったこのガラス片。記憶のパーツごとに活性化が起こるため、例えば戦時中にミサイルが落ちてきて危うく死にそうになったというトラウマであれば、音、匂い、気温、湿度、などの五感を通じて、当時の外的環境下で断片化した記憶のパーツが残されます。

その後、数十年経ち、戦火から離れた平和な暮らしをしていても、ミサイルが落ちて死にそうになった時に近い、大きな音などを感じた時に、脳が勝手に当時の身体状況を再現してしまうのです。

これを引き出したのは断片化したガラス片。

例えば、脈が跳び、呼吸が止まり、体温が下り、もしもミサイルの着弾で飛んできた石が太ももに当たっていたとした場合、その場にいなくても同じ身体感覚が自動生成されてしまいます。

しかも、頭の中で思い出していなくても、なんだか太ももが痛い。

通常の長期記憶ではここまでの活性化は起こりません。

時が停まった状態というか、常に当時の時間のまま、脳にこびりついているわけなのです。

一概には言えませんが、例えば大人になり年を取ってから、急に若い時の服を着たり、年相応に合わない格好をする方も、実は結構要注意なんです。その恰好をしていた年、またはしたかった年に、時間が固定化された記憶の断片を持っている可能性が結構あります。

この様に、トラウマというのは、時間がいくら経過をしていても、全く時が進んでいない状態にあるというのも特記すべきことです。

前に、何も説教しているわけでは無いのに、あろうことか私に悩みなんて打ち明けるから、アレコレ一方的に話してたら、そのかたの下唇がだんだん上唇に重なり「手をブランブラン」とさせながら聞き始めたことがありました。

そう、子供が親に叱られているときの様なしぐさです。

おそらく相当厳しく育てられたのでしょう。幼稚園から小学生くらいの素行ですよね。

更に驚くべきことに、次回お見えになられた時に、小学生かな?という柄と形のスカートを履いてきました。

それを見た瞬間「あ~、やっぱりか」と納得。

本来は当時に嫌な思いをしたのであれば、消したい時間に等しいはずです。しかしトラウマを持っている人は、何故か当時の場面に帰りたがる。

残念ながら、私はこの方の親ではありませんから、親の様なものを求められても困ります。っが、断片的活性化の怖さというのはココにあるのです。

何故ならば自分では自覚が無いから、何度も同じ失敗を繰り返しやすくなることがあるからです。

つづく

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