今や常識的だとは思いますが、念の為にしつこく述べていきたいと思うのは精神的、肉体関連性のトラウマ。

「なぜかいつも同じことを繰り返す(失敗で自覚しやすい」「急に頭にきてしまった」「私、こういう人が大っ嫌い」というのが日常生活で一番感じやすいところかな?他にも勿論兆候はあるのですが、それらは後々述べてゆきたいと思います。

トラウマは、例えば自分がこうなりたいとか、仕事で成長したい、結果を出したいと思っている人にはかなりの障害になるものです。

勘違いして欲しくないのは、トラウマは無い方が良いという前提で述べているのではないということは念頭にお伝えしておきます。

なぜなら、本来は野生動物などでは重要な生命保存、危機回避能力になるものだからです。

便宜上、PCで例えれば、標準のOSがあったとします。生まれた時は皆同じOS設定で、電源ボタンを押せば起動し、ホーム画面へ移行します。

しかし、トラウマというものは、人生の中で経験した(厳密には脳を持った胎児のときから)、身の危険を感じる経験や感情的記憶が、PCのOS設定を断片的に勝手に保護目的で変更されてしまうわけです。

例えば、一度起動時に過剰な電気が流れ、PCが壊れそうになった経験をしたとします(身の危険)。トラウマというものは、今後はもう同じ事になって死んでしまわないように、電源は3回押してから5秒待ち通電。それから画面に「電源を入れますがよろしいですか?」と表示され、確認ボタンをクリックしてから、更に5分待たなければ立ち上がらないように、勝手に自動で設定をされてしまうようなものです。

社会というものは、個ではなく集団で動くものであって、人と人が接触するからこそ、この個別のPC設定で同じモノを話しても問題が生じてしまいます。

電源でトラブル(トラウマ)になったことが無い人は、ボタン一発で起動開始をする。

じゃあこれが人間だったとして、同じ空間にこれらが存在したらどうなるでしょうか?合わないんですよね〜この二人。

あいつ、何で急ぎの仕事なのに、いちいち電源ボタンを3回も押して眺めてからお茶を飲みに行っているんだ?と。勿論わざとではなくて、電源ボタンを押して起動する頃の時間には、ジャストで戻ってこようとしての計算なのですが。

それがお互いに全く理解できない。

だから興味深いことに、人は同じトラウマの習性を持っている人と心地よさを感じるんです(犯罪者や薬物中毒の方が集団で向かい合って話す療法が効果的である理由のひとつ)。

っで、全体性で見たときに、トラウマの一番不幸なのことは、双方が自分の身の安全のために行なっている行動であるということ。

そもそも誰も同じなんですよ、最初から揉め事なんて面倒だから起こしたくはないし、出来れば皆んなと仲良く楽しくいたい。

つまり、誰も何も悪気が無ないのです。

しかし、頭ではなくて、本能的に嫌なんです。そこが何故なのかという部分を深掘りして行きたいと思います。

つづく

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