新年2日目

2021年2日目。

今日は昼頃に氏神様へ参拝。もともとそこまで混む神社ではないので、一組だけ並んでいた程度。おみくじを毎年引いているのですが、おみくじ前に手指の消毒をさせられます。

今年は「大吉」だそうです。いや~私はどうでもいいんですけども、この世の中を大吉にしてよ。

っで、今日はそのあと古い書籍を読みました。

1976年のもので、ローナ・ウイング氏が書いたものの訳本です。中古で探していたんですよね。

ローナ・ウイング氏は、女性の精神分析医で、ハンス・アスペルガー氏の残した研究書を熱心に解析されていたかた。

このハンス・アスペルガー氏の研究内容と一致する症候を「アスペルガー症候群」と呼び、使い始めた第一人者でもある。

ハンス・アスペルガー氏の時代には、ナチス政権によって、施設に入る様な素行に異常がある子供は、全て葬り去っていました。っが、このハンス・アスペルガー氏が子供たちの才能に気が付き、治療可能とした子供を実験対象として治療を行っていたとのこと。

ま、不可能と判断した子供は変わらず・・・。

という事で、当時のハンス・アスペルガー氏の研究内容を調べて具体的に学会に起こしたのがこのローナ・ウイング氏。

古い本ですが、内容ってよりか、何に着目していたのかというのが知りたかったんですよね。

これだけ読んで、一番勉強になったのが「自転車の乗り方を教える際に、言葉で教えようとするとすぐに混乱してしまう」「ペダルに足を置くことすらも言葉では泣いてできない」と。

しかし、一度言葉を使わずに覚えたものは、その後は言葉だけでも簡単にやってしまうという。

これ、私が幼稚園の時にも同じような経験があって、跳び箱を跳ぶのが理由もなく怖くて、みんながドンドン跳んでいって、先生も友達も身振り手振りで私に一生懸命に理屈で教える。しかし、私は全く言っている意味すら理解ができず、ただ「怖い」ということに全てを支配されていました。

泣きに泣いて跳ぶのは断固として拒否。その時先生に内線電話がかかってきて、誰も私に言葉を浴びせる人が居なくなったので、衝動的に跳び箱へ突進。

結果、跳べるんですよね。

丁度先生が電話を終えて、後ろを振り向いた瞬間、私が跳んで着地をした時でした。あの時の先生のビックリした顔を今でも覚えています(テメー最初から跳べるならやれよと思っていたかも知れないが)。

一度跳び方を覚えてしまうと、何度も何度も飛んでしまう。恐怖が何もないし、あれだけ跳べって言われていたわけで、しまいには、誰も飛べなかった一番高い段を簡単に飛べたことを覚えています。

逆に今度は皆が高い跳び箱を前に、怖がっていたんです。

それからというもの、体育以外の国語は一行読んだら前の行に書いてあった事を忘れる、算数は1と1を足したから何なのよ、理科は虫眼鏡で黒い紙を燃やしたこと以外は理解不能、社会は精々住んでいる町内で終わってよ、音楽はベートーベンの顔怖すぎ、図工は意味不明という生き方になってしまいましたが。

オンライン社会だと、どうしても言葉や文字に頼るうようになります。そうなると、やはり当時の私の様な子供はその時点で可能性が経たれてしまうということにもなりかねません。

ナチス政権のように、そういう子供たちを「切り捨ててしまう」という社会を、良しとして、大人と一律で政府一体となってオンライン化を推し進めて良いものなのか、私には疑問でしかありませんが。

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