再診

再診

今日は一週間ぶりに病院へ。

骨の状態の経過観察。

結果として、あまり変わっていない模様。やはり若くはなかったか。

お具合はどうですか?と医師が聞いてくるので、正直に「先々日、自宅の電気コードに足が引っかかって、その時に骨折していないはずの「人差し指」が急激に腫れました。この指は骨折はしていないんですよね?」と聞くと、レントゲン上では大丈夫なはずとのこと。

一体なんであんなに急に腫れたんですかね?と聞くと、ん~分からないけども、骨折部位がまだ腫れているので、そこからの腫れの流れもあるかも知れない、腫れを抑える薬を処方しておきますとのこと(私は薬局になんて行きませんが)。

っで、医師が私に「けっこうおっちょこちょいですね?PC落としたり線に引っかかったり!他の病院だと、ギプスでグルグル巻きにされて松葉づえにするかも知れない状態ですから気を付けて下さい。生活に支障があるからという事でガチガチにしていないのですから。」とのこと。

後ろで看護師さんが笑ってるし。

おっちょこちょい・・・なのか?考え事をしていて自宅を通り過ぎることは稀にあるけども・・・。

私的には細心の注意をもって生活をしていますが、ここの所、ちょっと気になったのでチャレンジしてみたことがありました。

表参道から六本木へ移動するにあたり、表参道からは乃木坂駅が近いということもあって、乃木坂駅から移転場所まで歩く提案をするのですが、「それは遠いです!」と仰る方が結構います。

私は既に表参道から千代田線で乃木坂駅を利用することが多いのですが、皆さんにとっては渋い感じ。

っで、皆さんがそうおっしゃるので、せっかくだから松葉杖で歩きにくい状態で乃木坂から移転場所まで歩いてみたんです。足の骨が折れていないときだと10分ちょっとの距離なのですが。

やはり、そんなに苦はないんですよね。私的に。

皆さん、立派な足をお持ちなのですから、動けるうちに使っておいた方が良いと思いますけども。

松葉杖を使っていると、結構新しい世界がありますね。

特に電車。

かなりの確率で譲っていただけるんです。

ただ、私はおおよそお断りをしています。というのも、タダでさへ骨折をして、足の特定ヶ所が動かないわけですから、確実に筋力が衰えます。

世界的医学誌でも既に発表されているように、筋肉の正常な活動値と内臓の機能は比例をするわけです。

つまり、タダでさへ活動が鈍ってしまう状態を座って過ごしてしまったら、明らかに病気の近道をたどるわけ。

本当にお譲り下さる方々からはありがたいお気遣いなのですが、私は骨が折れていない時よりも座らないようにしています。

他にも、カフェに行けば「テーブルまでお持ちします」とか、スーパーへ行けば「買い物かごをお運びします(袋詰めのテーブルまで)」とか。

繰り返しますが、ありがたい話なんですけどもね、私にとっては「衰えるお手伝いをしましょうか?」という意味の側面もあって、もはや一瞬で「ごめんなさい、一人でなんとかできますので大丈夫です!」と返答します。

そういう意味では電車は大変。

今日も、座席の真ん中あたりから男性が歩いて来て「座って下さい!」と言い放って、通り過ぎてあちらへ行ってしまう。

素晴らしい思いやり精神。

ですが、電車の揺れる場所(毎日の事なので把握している)で座席の真ん中までたどり着くのは、片足では結構困難なんですよね。

そしてもう2分も掛からずに降りる駅に到着する。

ただ、お譲り下さった方のお気持ちを察すれば、無理をしてでも座らないと、何となくその場が納まりません。

しつこいですが、それそのものは素晴らしい精神だと思うんです。ただ、こちらが一番楽なのはどういう常態かって、分からないじゃないですか?

ですから、座るしかない状態に追い込まれると、結構困るんですよね。

せめて「お譲りしましょうか?」という雰囲気でやって頂けた方が私は楽かな?と思うんです。

一度あったのは、銀座線で表参道駅から乗って渋谷(終点)まで2分。

到着まであと1分で座って下さいと仰る。

「ありがとうございます、渋谷で降りますから!」とお伝えしても「いやいや、そんな状態で立っていたらダメです」と、本当に心底座って立っての動作の方が大変なんですが、「いや座りなさい!」となったことがありました。

我が国の教育のお陰かも知れませんが、総じて日本人は親切で思いやりがあります。ただ、皆さん同じような反応をするんです。

自分が立って、もう戻れません的な場の譲り方。

なんて言うんですかね?もうちょっとお互い楽な距離感で生活しようと思ったら、やはり私の方側の意思も尊重して欲しいんですよね。

譲るのが善であって、譲らないのが悪みたいな二つの社会ではなくて。

そうなると、座らない悪は私であって、座りたくないと考える私も悪。こういう連鎖に陥ると、自殺予備軍の精神状態に陥りますからね。

私はその優しさに傷をつけるのが申し訳なくて、今は乗りたい車輌をはるかに越えて、一番端に行って立っています。そこだと声を掛けられ難いんです。ま、骨が折れていない時よりも歩く距離が増えてしまうのですが、そういう日本の社会のようですから仕方がありません。

通路を歩く時も、狭いところは譲っていただけるので、やはり全員が通過してから最後まで私は待つことにしています。駅のエスカレーターも全員行ってから乗ることにしています。邪魔になりますからね。

この間も、自宅に帰ったら、1階でボタンを押してエレベーターを待っている方がいました。私は松葉杖で非常階段を上がる選択肢を選んだのですが、先に待っていた方が「ちょっと、ちょっと、お気遣いなく乗って下さい。」と引き留める様に仰る。

いや、私的にはちょっとでも筋力を使えるようにという判断だったのですが、その方が気まずい様で引き留められました。

ん~、有難い、確かに有難いことなんですけども・・・じゃあ乗りましょうか・・・という自分がいる。

ん~~。こういう社会って良いのか悪いのか、そしてそう考える私の方が悪いのか。

今度は、表参道から六本木まで皆さんがあまりにも遠いと仰るものですから、近々本当にそんなに大変なものか、松葉杖で歩いてみようと思っているんですよね。