スローライフ

スローライフ

台風が来るのか来ないのかよく分からない天気。

都心も何だか空き模様。一応天気のせいなのかな?

最近は自宅の方の賃貸契約期間が来月で満了のため、悩んだ挙句に先日更新。

ただ、最近は少しゆっくりとした生活環境が良いなと思っていて、更新してから引っ越したいムードに。

うちの物件は、更新は事務手数料1万円と火災保険代しか掛からないんですよね。UR賃貸ではなくて、三井のマンションなんですけども。

どうも再開発の立ち退き住民が持ち主みたいで、税金が入っているから営利目的の性質を持たせるのはダメなのだと聞いた覚えがあります。

なので、同じマンションでも違う部屋は更新料やら礼金やらが取られる模様。

ちなみにこの今のマンションも、不動産屋さんが行き当たりばったりのつまらない物件しか出してこないので、自分で足で見つけて「ここ借りたい」と言って仲介してもらう形。

っで、結局何で私が仲介料金を全額支払うわけ?と思ってしまいますが、いつもそんな感じで自分で見つけて、こちらから出してもらう格好。

「何でそんなに物件を知ってるんですか?」と不動産屋さんによく聞かれるのですが、それを専門としていて、逆によくもまぁそんなことが言えたものだと感心をしてしまいます。

営業の人がまだ一年目ですというのなら分かるのですが、HPにおかげさまで地域に愛され●●年なんて書いているものですから、てっきり知り尽くしているのだと錯覚させられてしまいますよね。

建物なんて、すぐに建て替えられるわけでもないのですから、地元の物件くらい覚えちゃえば良いのに。

サービス残業とか言われてしまうのかも知れませんが、私なら仕事が終わった後に、毎日歩き回りますけどもね。仕事ではなくて散歩の位置づけで。

最近では、そういう熱量の人って少なくなっているのかも知れませんね。

ま、何せ元号を二つ跨いだ昭和の人間なもので。

ということで、今度は自宅探しか〜。

便利なんですけども、都心の狭い空間がそろそろ嫌になって来てしまって、ちょっと空間面積が広いところが良いかなと。

話は変わって、何やら世間では依存症の話題が挙げられています。

いまだに「自分に甘いからだ」という意見の人がいるようですが、依存症はトラウマに近いもので、自己ではどうにもなりません。

逆に自分でもがけばもがくだけ酷くなります。

治療方法のカリキュラムで、同じ依存症の人たちと対話を行うという方法を用いますが、なぜそれに一定の効果があるのかというと、非難する周囲環境から解き放たれるからです。たまに、鏡写しで同類を見ると気づきを得られるという人がいるのですが、それは一時的な部分。

依存症の方には「辞められなくても大丈夫」という環境を一時的に作ってあげることで、精神に身動きの取れるスペースが出来上がる。

分かるんですよ、批判する人の意見も、そもそも法律ではダメなことをした人なんですから。その結果、大惨事の事故を引き起こすことだってありますからね。

ただ、いずれも今の社会的な「非難」する報道のやり方では、依存症を助長するだけにしかならず、逆に真面目な人の方がもがいてしまうので、結果大惨事の事故を増やしていることにも社会は気が付く必要があります。

私が知っている方法で一番効果があるのは、まず言葉の使い方を変えること。

特に、自分と他人とだけで構成させている言葉には、善か悪かの二元論しか存在出来ません。

つまり、社会全体が依存症者を非難することは、二元論の土俵に引きずり出して、いわばマウンティングしている状態にあり、尚更依存症を迷宮入りさせてしまうのです。

何が必要かと言えば、自分と他人という二つの対象から、もう一人を用意してあげること。

昔の人は知ってか知らずか、その辺も上手く考えていて、妖怪や霊という自分でもなく他人でもない、もう一つの見えない存在を持ち出していました。

今では全否定ですけどもね。

ただ、重要なところは、自分が悪いという観念ではなくて、例えば自分の手を「手さん」足を「足さん」と呼んでみて、「自分の体は半分自分のものではない」という視点が必要だということ。

批判する人は「でも結局自分の意思で辞めないんじゃないか?」というのですが、それは自分の体を自分ですべて支配しきっていると勘違いしている人。

食べ物は自分の意思では消化をしません。

髪の毛は自分で伸び方を変えられません。

寝ているときに痒い所を無意識下で掻かずにはいられません。

ペンだこだって、ペンを持つのを辞めても硬い皮膚が勝手に形成されてしまいます。

依存症というのは、そういう意識下の管理を逸脱したステージにあるものなので、批判している人も、何かの原因によってトラウマを抱えてしまったら、全員もれなく生物である以上、同じようになります。

善悪は社会論。しかし脳は法や社会がある以前から存在するものですからね。

直近でも、人類としては10万年前のホモサピエンスからですから。

社会として依存症が悪いのは分かりました。っで、それとは全く別の所では「善悪論」から切り離し、ご本人の治療をして行かなくてはなりません。

それは、不登校の子供を社交的にさせることよりも難しいものです。

もはや業界を辞められた方の事を、長々と取り上げるという行為そのものは、依存症を社会が逆に悪化させていることに気が付く必要があります。

とはいえ、有名な方であればある程社会からの目は厳しいものですから、一時的に海外とか、社会環境を変えてみる方が治療は効率的かも知れません。