理解不能なポテサラ論争

理解不能なポテサラ論争

なんか実話かどうかは不明ですが、とある子連れの親が、スーパーの総菜売り場でポテサラ買おうとしたら、見知らぬ老人男性に「母親ならポテサラくらい自分で作ったらどうか」と言われて「うつ向いてしまった」という話題。

本当なのかは当時者のみぞ知ることだろうけど、その部分はさておき、まず「人の家庭に勝手に割り込むな」という部分と「なぜうつ向くのか」という部分で、結局のところ「どうでもいい」ということで完結。ポテサラが一番の被害者。

それと同時に、何やら主婦が出来合いの総菜を買うことに「後ろめたい」と感じる人っているんですね。

逆に私はスーパーで総菜ばかり買うので、その「後ろめたさ」って、どこから湧き出て来るのか理解不能です。

女性は料理をするものだという概念?

ある意味私の場合は逆偏見ですけども、きっと男性脳の方が料理はうまいと思いますね。ノーベル賞の授賞者で、女性が男性の約3%しかいないというのと同じく、男は基本偏った生き物になり易いのです。だから一つの事ばかりやって、総合的な部分が圧倒的に欠如する。よって、女性脳(性別に関係なく)が男を仕切った方が上手く回るんです、家庭なんていう総合的なものは。

ま、私の人生経験上では例外があって、芸術系は女性脳でもいっちゃっている人が多いですが(個人的にいちゃっている人は大好きです)。

特に芸術系の人は常識は通じませんから、そもそもが常識を求めても、「それに倣うと自分がダメなる」としか思わないので、「非常識だ!」なんていう社会の攻め方は可哀想なんですよね。そういう武器で世論から抹殺された芸術家って、世の中沢山いるわけよ。これっていつも私は思うんですけども、武器で抹殺した方が、よっぽど「悪」ではないのかな?と。

法を侵さなければ、ギリギリの黒寄りのグレーがちょうどいいくらいでしょうね、芸術系は。

っで、話はもどってポテサラ。

この老人男性は、きっと奥さんが躾に失敗しているんですよ。教育というか。

料理は絶対にやらない主義でも、何を喰っても、人の人生に勝手に土足で踏み込むなってことで、内容はどうでもいい話なのではないでしょうか。