また来た

また来た

正直あまり欲しくはないマスクがまた届きました。

先月には自宅の方に届いていたのですが、今度はオフィスの方に。これって住民登録を参考に送られているんじゃなくて?

ちなみに私のオフィスは住民登録は一切ありません。

結局2回受取ったことに・・・一人で4枚も・・。

嫌がらせだとは誰も言っていませんよ?ただ、使わないかも。

だからといって寄付するにしても、もはやケチがついてしまったものですからね。それを人にあげるというのもなんだか申し訳ない感じになります。

万が一それで、検品抜けしたものを寄付してしまったらと考えると、ちょっとそれも嫌ですし・・・。

とは言っても、結構布マスク4枚ってかさばるんですよね。あ、嫌がらせだとは誰もいっていませんよ?

この際、政府も潔く「ごめんなさい」して、状況が変わったので配布を取りやめるという勇気も必要な気もしますが。

その代わり、役場とか出張所で、困っている方に複数回でも無料配布してあげて欲しいものです。それなら私は大歓迎で4枚役場に寄付しますけども。

私の方はかさばって困っていますから。

なんなら、昨年間違えて買った、サイズが小さいマスク(子供用?)も、箱買いしてしまったのでついでに寄付しますけども。いざ着けようと思ったら、耳紐がブチっとなって、あれ?小さいと気が付いたマスク。

話は変わって、皆さんに質問です。

自分と他の境界って、厳密にどこにあるのか分かりますか?

つまり自と他の境目。

例えばですけども、自分の胃が痛いと感じ、それが原因で精神的にイライラしていたとします。大したミスではないのに、会社の部下についキツク叱ってしまった。

っで、この部下は「他」ですから、単にあたられただけでいい迷惑です。原因は自分のミスは認めるけども、そこまで言うか?としか理解はできませんよね。

しかし叱った上司本人は「自分」の胃の要因もあったと分かっているわけです。

つまり「胃」↔「イライラ」した。

要するに何が言いたいのかと言えば、自分の体内は勿論「自己」であって、一度それを出たら「他者」という区別の仕方が一般的なわけ。

ただね、これって大きな誤りがあるんです。というのは、自分の意識次第で自己の範囲って広がるんです。

例えば部下のミスも、結局は自分の教えかたや、パスの仕方が彼にとっては受け取りにくものだったのでは?とか、通じる方法を考えようとすれば、自己と他者との境界がより近くなるものです。

自分の体だってそうですよね?意識下では大丈夫だと思って食べたものが、胃を痛めてしまったり、お腹を下したりすることもあるでしょう。

結局は、自分の身体とて部下とは何も変わらない、自分の経験測における「さじかげん」なわけです(アルコールなんかは結構簡単にこの自他の境界を鈍らせますので、アルコール依存の方なんかは、この境界部分で悩みを抱えたりしている人が多い。飲んだ勢いで肉体関係を持ってしまったなんていうのは良くある言い訳ですが、自他の境界が薄れた結果。悩み事や恋愛相談なんて言いながら、お酒を飲んで会話をしていたら、いつの間にか「他人の事のようには思えない」という境界の消滅が起こる。)。

さぁ、そうしたときに、自分と他人はどこに境界があるのか。

実は自分が決めているに過ぎないのです。本来は無制限。

一般論では「皮膚」が自と他の境界としている人が多いのですが、先日からしつこいように、皮膚は何も自分に制限など科していません。単に「自分が」鈍らせているだけ。

一般的な肉体外の部分においても、全てに対して体内と同じく反応をしています。

酒を飲んでいるので手がちょっと赤いですが、手のひらのココの部分は私が一番感じやすい。

今日はね、一つ試してみたんです。

テレビを見ていたら「芸能人格付けチェック」という番組がやっていました(知らないかたはごめんなさい内容の詳細は飛ばします)。

そこで、味に関しての本物はテレビ越しでは分かりませんけども、例えばストラトヴァリウスと安いバイオリンの聞き分けなんかはめちゃくちゃ簡単。

要するに高額のバイオリンなんていうのは、音の響きが違うことくらい容易に想像が付くじゃないですか。

でも私は耳が良くないし、音楽の勉強をしたことがないから全く分からない。だからこうやって聞き分けるんです。

テレビの方向に写真の手のひらの部分をかざして目を瞑る。

もう、常識的社会に生きている人にとっては「絶対に頭のおかしい人」でしょ?この時点で。そんなことを一人でテレビに向かってやっているんです。

だけどね、感じるんですよ。特に手の敏感な細胞が一つ一つ刺激を受けている量を。目を瞑ればまぶたの裏で音と連動して光も見えてきます。

一方で、安いバイオリンの場合は手をかざしたところで全く細胞に刺激がない。

とてつもなく簡単な聞き分け方法です。

よって、私は耳では分かりませんが、手のひらでしっかり分かりました。雲泥の差。

普段私の仕事では、手のひらのこの部分にもやもやした、綿?よりももっと抵抗の無い楕円形の湯気の様な感触を識別します。

っで、皮膚が感じた色や温度や音や臭いで、その部分が「骨折歴」なのか「縫い後」なのか「関節のズレ」なのかを感じます。

目でみなくても、測らなくても、聴かなくても、嗅がなくても、皮膚の細胞はそれ以上の情報を自分に知らせてくれます。

これはとても優秀な部下です。

っで、そうやって追求していゆくと、皮膚には境界はないことが分かって来るんです。

じゃあ、どこが自他の境界なのか。

私には全く分かりません。

もしかしたらブラックホールの辺りで境界があるのかも知れませんし。。。。