一律って大変

一律って大変

この間、郵便局へ行って「ゆうパック」の送る荷物を持って、伝票に住所を書いていました。

「お届け日」という欄があるじゃないですか、伝票に。

ま、宅急便などでも問題になっているように、不在だと配達員さんが二度手間で大変だし、何よりも配達のために、排気ガスやCo2が排出されますので、居ないのが分かっているのに行くのって、2倍無駄じゃないですか。

ですので、スマホで大体の到着日を調べ、送り状には「5月14日着」と書いたんです。

というのは、水曜日は不在の送り先ですから、その日に送るだけ無駄。計算したら早ければ前日の水曜日(13日)もあり得るという事で、あえてそれを避けるために、一日先の14日と書きました。

準備が完了し、荷物を持ってカウンターへ行くと、いつしか消毒液のミエロを次亜塩素酸であると言い張って、陸路に承諾するように迫られた係員が再びご登場。

な~んか嫌な予感・・・・と思っていたら、案の定伝票を見るや否や「コロナの影響で14日に届くか分かりません」と。

私は「14日は無理にしても今週中も無理なことはありますか?」と聞くと、この係員の方が「コロナの影響で読めません」という。

いや、まぁ確かに分かるんですけども、箱の中の物も、到着はいつでも良いというわけでもなく。。。。

そこで私は聞きなおしました。

「おおよそで結構ですので、最悪どれくらいの範囲を想定しておけば良いですか?ちなみに毎週水曜日は不在でダメなんですけど。」と。

すると係員さんは「居なければ不在票をいれますので」という。

いや、そんなのは言われなくても分かっているし、そもそもそれを入れさせる配達員さんの手間が可哀相だから・・という事で計算して書いたという部分も。。。

っていうか、じゃあ最初から着日の指定は基本的には出来ないと案内してくれた方がまだマシかと。

とことん相性が合わない係員さんだ。

話は変わって、「どうせ暇だし、普段臨床でコロナ患者と向き合っている医療関係者を、無料で施術でもしようかな?」と思って、様々な想定をしながら考えてみたんです。

待てよ、その前に「これは東京都の基準では営業自粛対象になるのだろうか?」と思って、電話で問い合わせてみました。

感染予防の方法だって医療者本人がわかっているのだし、お互いにそれ相応の対策をすればいいんじゃない?と思って。

っで、結論は「店舗に人を集めることを規制しているわけですからダメです」とのこと。

私は「無料でという趣旨でも?」と聞きなおすと「それでもダメです」とのこと。

そうなんだ。

趣旨によって見た目は色分けできませんからね。これも一律。

そして更に一律という括りでよく思う事が、皮膚の五感認識。

これは発生学上での話で、実は人間の皮膚は全ての五感を今も保有しているという事は「乾布摩擦」に対してでも書きました。

現代人は何だか知識が邪魔をしているせいか「触覚(皮膚)」「味覚(舌)」「嗅覚(鼻)」「聴覚(耳)」「視覚(目)」で分野別けされているかのように洗脳されています。

しかし実際には、皮膚は全ての五感の発生の基になってるので、それが完全退化していないわけです。

いや、むしろ皮膚の方がどこよりも敏感にできている。

これは前々から言っていますが、例えば音楽を教える場合、教育として聴覚で教えてしまったら罪だと思うんです。

仮に私が音楽を教える立場であったならば、まず学生全員の耳を完全に塞ぐことができるヘッドホンを用意する。

そこで、原始の耳(皮膚感覚)で音を識別できるように、リハビリをすると思う。

そうすれば、耳で感じる聴覚がどれだけ薄っぺらくて無機質で、鈍感で味気のないものでしかないことに気が付くはずだ。

もしも、心に響く演奏ができる学生を育てたいとしたら、耳で聞かせて覚えさせではダメだろう。

こんな鈍い器官で聞いても心の聴覚はそこにはない。

一律社会は個性を潰す。そのクセに昨今はダイバーシティなんて言っているのですからね。

何だか呆れてしまいます。