今日の渋谷駅銀座線の様子

今日の渋谷駅銀座線の様子

無理やりやればできる。そういうことってありませんか?意図的に何かに合わせるということ。

いや、そちらの方が現実的には特だからそういう事をしようと思うのですが。

何の話をしているのかと言えば、昨今の企業助成金の話。

例えば、休業を緊急事態宣言期間内に15日以上実施した場合に、中小企業が100万円、個人事業が50万円なんていう条件があった場合、それはその日数に合わせて休みましょうとなる。お金が貰えるのなら無理やりにでも。

ただね、無理やり合わせるというやり方に、私自身疑問に思うのです。

当初予定していた休みを一日や二日休みを延ばせば適応事業所になるというのならまだ分かる。

しかし、指針が示されてから「最初から休もうと思っていたんですよその期間、やっぱり新型コロナ(新コロ)の感染を停める責任は会社にもあると、前々から思っていたんです。」と言わんばかりの便乗事業者が極めて多い。

最も、新コロの感染者数を減らすというのが目的なので、政府側は休めば休んでくれただけ良いに決まっています。

ただ、その期間でも、どうしても「私の人生の価値観では不要不急ではないんです!」と言われる必要な人っていると思うんですよ。その他大勢がそんなものと思っていても。

でね、やっぱり私はそういう人を「緊急事態宣言だから」と言って、一刀両断することは出来ないんです。

そりゃ、損得で考えれば「極一部の人の為に、自分が貰えるお金が減るじゃないか!いまは余裕がないのだから、ここはそういう人は断って、国から貰えるものは貰っておかないと!」という結論に至るのも分かります。

だけど私はダメ経営者なので、そうじゃない!って思ってしまうんです。

それで経営を逼迫したら元も子もないんじゃ?と笑われるかも知れません。だけど、私は私を必要としてくれる方々の為に仕事をしているので、そうは思わないんです。

ただ、仰ることはよくわかる。それでダメになった方がよっぽどまずいんじゃないかという言い分。

でも、私はやっぱりスジを通して生きたい、不器用で古い人間のダメ経営者ですので、それでダメになるならむしろ本望。

首でもなんでもくくります。

という結論に至ります。

分かってはいるんですよ。時代の流れは誰しもが考える以上に早くって、それには逆らうことができないって。

それでも「私を必要としてくれる数少ない変わった少数希少人種を無視するのなら、もはや私の存在そのものに意義すらない。」と思っています。

馬鹿でもいい、効率が悪い人間でもいい。だけど一度限りの人生をそういう事に賭けてみる生き方も同時に認めては下さらないか?

仮にそれで失敗し、私という存在が消えてしまっても、何よりも私自身が満足なもので。

ワガママであり自己満足でもある。でも、生きるってそういうものではないのかな?

自分の人生を生きるって、結局はその連続の先にあるもの。

おかげさま。。。。