このあいだ書いたように、これまで「何となくあるよね」くらいの都市伝説的世間の扱いでもあったサイキック能力。
これをかなりの部分まで「誰でもできる」と思う方法を見つけた。
「そういうネタの話はよくあるんだよね」という反応になる人が多いけども、これは面白いほどイメージ通りになる。
方法は何も秘密にするようなものではないけども、使い方によっては悪い方向にもできてしまうのかな?
なので、ちょっと実験台で私以外にもできる人になるかどうか、適正を選んで試してみようかと。
ちなみに今日も、私は完璧な実数として一の位までの予測ができた。
よく「ロト6とかやったら?」とご提案を頂くけども、私のこの簡単にできる方法は、長くても一日スパンのもの(厳密には数時間)。
だからこそ、こんな私でも簡単にできるのだと思う。
結論として、歴史的に行われている儀式や儀礼には、もれなく同じような要素が盛り込まれている。
じゃあ、今それをやっている人が何故、短期的な予測ができることに気が付かないのかというと、一番大事な部分が抜けてしまっていたり、もしくは隠されていて、まるで牙を抜かれた状態で教えられているのかも知れない。
要するに、様々な分野があっても、其々が形だけの継承になっているわけ。
例えば、日本の正月の行事の一つ「おみくじ」を引いたとして、その中の言葉は「信じるかor信じないか」にすぐに二分されてしまう。
ただ、どちらにしても年始や参拝の行事として続けられている部分が面白くて、一番大事なところをこの「おみくじ」から引き出せていないわけだ。
おみくじの内容と、この一定条件が揃えばその内容の様なことは正確に起こる。
じゃあ、引いてしまったらおしまいなのかといえば、そうでもない。大事な部分はその情報をもとに、どの様に脳内から意識を宇宙空間に持ち上げるかなのだ(おみくじに期間や期日が書かれていないことをにお気づきか?)。
よって、そのフィルター的役割はあくまでも自分の意志が反映される。
だからこそ、「マイナス思考は良くない」とか「夢や目標をもって取り組む」という、いかにも正義らしい言葉があるわけだ。
ま、文字に起こすことができない部分もあるから、やってみたい人はお伝えいただければと思う。
私は特殊な人間ではなので、人間であれば誰でも出来ると確信している。
ただ、批判前提や冷やかしはお断り。
実際の実数まで正確に合うという証明をして差し上げることで信じてもらえるものだろうと思う。
成績の実数もある。
カレンダーに毎日記入しているので。
これらの証明とやり方を知れば、瞑想も祈りも同じことであることが分かるし、そもそも偽物の瞑想や祈りは何百回という回数を続けても、「知っている現象」の範囲で繰り返し続けられるだけでしかない。
もしかしたら、登山や修験道の本筋も、実はここにあるのではないか?と思っている。
何故富士山信仰があったのかというのも全てが腑に落ちる。
これは常識を超えて、遥かに異次元の結果。実数をみればどんなに否定的な人でも「これは夢か幻か?」と思って頂けるだろう。
全ては宇宙をどの様に意識できるかでしかないのだ。
宇宙を怪しいと感じるか、一生エックスとして扱うかは人それぞれだが、この予知の確率からすれば、もはやその存在そのものから受ける、人間の影響は無視できないものになる。