専門家は狭くて浅い

専門家は狭くて浅い

今日はYahooニュースのピックアップ記事を見ていたら「乾布摩擦」について取り上げられていた。

出元は「丹波新聞」からのもので、昔の白黒写真を使って小学生が全員上半身裸になって、外でタオルで体を擦る写真だった。

記事によると、現役教員の意見も載せられており「全員裸は論外」とか「アトピーを悪化させる」「寒さに慣れていない子供は体調を壊す」などと様々な反応。

一方で、統括する市の教育委員会のコメントも載せられており「よくわからないことが多い(乾布摩擦をしていた理由)」「一時的な流行」とのこと。

そして専門家の皮膚科の先生がご登場。

これについては、何しろ専門家様ということで、正確性を欠いては大変なので、そのまま以下にコピペさせて頂きました。

皮膚を表面から刺激することで、皮膚にある触覚、圧覚を感じるセンサーを通じ、複雑な神経回路を介して全身へ刺激が伝わる。どの程度効果があるのか定かではないが、意味はあると思う」と言い、「乾布摩擦をする意味は自ら『風邪などにかからないようにする』という意気込みでもある。気持ちがポジティブになることで、自己免疫が上がるという作用(専門的にはプラセボ効果)があるでしょう。『病は気から』です」と話す。

だそうだ。

ま、新聞社も専門家もこんなものですよ。知らない人の方が正義ぶってデカイ顔をして、博士号を肩書きに世の中では重宝がられる。

まず、この件に関して論じるには、大きく分けて2つに分けなくてはなりません。一つは物理的神経刺激作用。そしてもう一つは精神的な作用。

物理的神経刺激の作用としては、体の表面の皮膚温度は、自律神経によってコントロールがされています。血管を縮めたり拡げたりして、その温度を一定に保っているのです。自律神経には交感神経と副交感神経の2つがあります。交感神経は体の末端の血管を狭め、副交感神経は拡げる。つまり、末端の皮膚はこの神経機能がダイレクトに影響を受けるわけです。

そして体表面の温度は、理想通りの一律ではありません。特に背中の中心を跨いだ右と左の皮膚は、見た目では同じものでしかありませんが、実は脊髄から左右に分岐した神経によって、左右別々に皮膚表面の温度を管理しています。

っで、ここからが重要なところなんです。この背中を跨いだ左右で個別に皮膚温度を管理している神経は、内臓へ行く交感神経と連絡があるのです。

つまり、背中の左右の皮膚温度が等しくない場合、内臓の機能異常(内臓の神経機能も等しく異常なので)との密接な関係があるというわけです。

そういう話をすると、すぐにエビデンスはあるのか?とか科学的根拠は?とか言い始める。いや、あるんですよ、実はそのエビデンスが。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で既に検証がなされています。

背中の左右を跨いだ同じ高さで、左右の皮膚表面の温度差があった場合には、内臓機能にも同じ様に乱れが生じているという内容のもの。

丹波新聞という会社も何しろ調べが浅い。こんなんだから新聞がこのご時世、デジタル化社会のせいにして売れないんです。どんな媒体であっても、読んでタメになるものはお金を出して買う価値があるわけなのですから。

っで、本題の乾布摩擦ですが、皮膚表面を擦ることによって、同時に内臓にも刺激が加わるというのが大きなメリット。

そして、皮膚は発生学的に外胚葉由来のもので「脳と皮膚は同じ根源」にあるわけです。つまり、皮膚を擦って刺激をするということは、脳への直接的刺激であって、勉強をする前に行うことは、学習能力の観点からも、極めて合理的な手段であると言えるのです。

更に皮膚そのものは、単に全身を覆っている膜の位置づけでしか考えていないとしたら、それは大きな間違えです。

知ってました?皮膚は音を感じることも、色を感じることもできる能力が残っています。

そんなバカなと思われる方もいるかもしれません。だって、そんな知識は日常生活では不必要ですし、無視して生きても障害にはなりません。

しかし、人間の体にある「視覚」「嗅覚」「味覚」「聴覚」は、全て原始的には「触覚」から発達しているものなのです。

皮膚は脳であるという所以はそこにあります。

例えば、目隠しをした状態で、皮膚に赤い色の布を接触させた場合、脈拍や体温は上昇するという実験がなされています。また、青だとその逆になる。

これは光の波長を皮膚が捉えているという実証実験でもあり、心理的にも赤いパンツを履くと・・・とかいうのは、パンツがたとえ自分の視覚で見えていなくても、体にはしっかりと影響を与えているからこそ効果的と言われているのです。

また、耳で聞こえないHz数も皮膚で感じていることが分かっています。

さて、次に精神面での作用です。

皮膚は我々人間にとって、外と内の境界分岐点です。当たり前でのことなのですが、皮膚はこのことからも感情の作用に大きな影響を及ぼします。

例えば、外部から恐怖を感じた時には毛穴が閉じて、鳥肌が立つのですが、同時に同じ鳥肌であっても、感動したり芸術に触れた時に、意識することなく心の反射として鳥肌が立ちます。これらは特定の反応というわけではなくて、脳の興奮がそのまま皮膚と連結している現れです。

また、皮膚は自分と他人の境界線にあるものであって、皮膚が活性化していない状態では、人と他人の分岐が顕著になります。初めて会った人同士が握手を交わしたりハグをしたりするのは、つまりはこの境界線による防御を弱める知恵でもあるわけです。

つまり、乾布摩擦の皮膚刺激によって、わざわざその日に学校であった友達全員と、握手を交わさずに境界線を取り払うことが可能になるわけです。

どうも、「乾布摩擦=裸=今ではプライバシー上で考えられない」「乾布摩擦=データーが無いから効果がない」という短略的な印象で「悪」として見ている人が多いのがとても残念でならなかったもので。

「なぜそんなことを寒空の中やっていたのか」という部分について、皆さんには本質を知ってもらいたかっただけですのでね。

食文化然り、将来必ずこの行為そのものが評価される日が来ることを切に願っています。

あ、乾布摩擦以外に、皮膚を使って心を癒す簡単な方法もご紹介しておきます。

これは、心理学者ヴェルヘム・ライヒの研究内容をトッピングしているわけですが、自分が精神的にも肉体的にも心底許せる人と、一糸纏わずに可能な限りの全身の広い面積で触れ合うことです。年齢は関係ありません。

エロイことを想像した人は腹黒い人。そうではなくて、赤ちゃんとてオムツを外してご両親と肌で接触することが必要なわけです。この不足と自閉症との関係性があるという意見を述べている先生も沢山おりますね。

ま、言いたいことは沢山ありますが、キリがないのでこの辺で。。。